「明日が待ち遠しいか?」という問いは、自分に対する最高のメンテナンスツール。こうしたら明日は待ち遠しくなる

その場のテンション

どうも、会社辞め太郎(@kaishayametarou)です。

 

先日、こんなツイートがタイムラインに流れてきました。

 

 

確かに、子供の頃は、明日が来るのが待ち遠しかったですよね。

 

早く起きて学校に行きたい。一輪車を練習したい。グライダーを遠くまで飛ばせるようになりたい。鉄棒でコウモリ振り降りをできるようになりたい。ボールを遠くまで蹴れるようになりたい。

 

やりたいことが、無数にありました。毎日新しいことを覚えていました。

 

今、私は明日が待ち遠しくありません。明日が来るのが嫌でもありませんが、待ち遠しいわけでもない。

 

ではどうすれば、明日が待ち遠しくなるのでしょうか。それは意外に、簡単なことでした。

 

今、明日が待ち遠しくない

フリーランスになって、仕事に対する嫌悪感やストレスは大幅に減って、会社員時代よりは確実にストレスを少なく仕事ができている。それは間違いない。

 

でも子供の頃のような、あのワクワク感があるかどうかと言われると、自信がない。

 

気が重い記事を書くことだってあるし、自分の能力のなさに嫌になることもある。

 

そして、「自分っていいな」と思えないような出来事だってある。ノルマを達成できなかったり、サボってしまったり。

 

「自分ってダメだなぁ」と思うことの方が多いかもしれない。

 

だから、今「明日待ち遠しい?」と聞かれたら、ちょっと自信がない。

 

どうしたら明日が待ち遠しくなるか

今の私は、どうしたら明日が待ち遠しくなるのか考えてみました。

 

 

明日は、南の島に出かけていいよ。

 

明日は、一日ブログをいじっていていいよ。

 

明日は、一日映画を観ていていいよ。

 

明日は、友達とフットサルをするよ。

 

 

こんな感じだったら、多分明日が待ち遠しいです。

 

子供の頃のような明日への待ち遠しい気持ちなんてもう味わうことがないと思っていたけど、よく考えてみれば、これだけ願望がある。立派じゃないし、誰かに発表するのも恥ずかしいものばかりだけど、「これができたら明日が待ち遠しい!」ということは、多分もっとずっと、いっぱいある。

 

そして、これらを本当にするためには、「お金」「時間」が必要です。

 

私たちは、お金がないから働いています。少なくとも私はそうです。そして働くから時間がなくなる。

 

一生困らないだけのお金があったら、多分私は働きません。

 

ブログは書くと思います。そもそも誰かに強制されて書いているものではないし。

 

そうやって考えてみると、自分の本当にやりたい事と、現状の問題点とが見えてきて、それを解決していくためにはどうしたらいいのかを考えることができる。

 

やりたいことやなりたい姿を想像して、そこに向かって一歩ずつでも歩めるのなら、明日はちょっと待ち遠しくなるかもしれません。

 

明日が待ち遠しいのかどうか。それを考えることは、自分に対するメンテナンスになると思います。

 

「最近なんかいまいち!」という人は、どうすれば明日が待ち遠しくなるのか考えてみてください。そして、それを本当にするためにはどうすれば良いのかを考えて、そのためには明日なにをすればいいのかを考えてみてください。

 

そうすると、明日がちょっと待ち遠しくなります。

 

まとめ

「早く明日にならないかなぁ」と思いながら布団に入っていたあの頃、懐かしいです。

 

私はいつしか、そんな気持ちはもう一生味わうことがないと思っていました。

 

でもそれは、単なる諦めです。よく考えたら、明日が待ち遠しくなるようなことは無数にある。

 

そして、それを単なる夢物語で終わらせてしまうのはもったいなさすぎる。

 

それを実現するためにはどうすれば良いのかを考えて、明日からそれを実行してみる。それが、毎日を楽しく過ごすコツなのかもしれません。

 

このブログは、なにも考えずに書き始めました。

 

冒頭のツイートだけ引用して「これいいよね!」ということしか考えていなかったのですが、その場で考えをまとめながら書いています。

 

最初に「こうこうこうして、こう締める!」みたいなことを考えから書き始めて、カチッ! っと決まる記事も嬉しいですが、こうやってブログを書くことそのもので考えが深まっていくのも良い感覚ですね。

 

そんなことをこの記事を書きながら思いました。

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