「余白の時間」がたくさんあることが、人生の幸せなんじゃないかなとか思っています

(よく見たらこのフリー素材の画像の人、お兄さんではなくておじさんだ! ずっとお兄さんだと思ってた!)

どうも、会社やめたろー(@kaishayametarou)です。

昨日、ちょっと早めに布団に入ったのでなかなか寝付けずにいました。

寝付けないものはしょうがないからと、考えごとをすることにしました。

議題は何にしようかなと思っていたのですが、今日の午後の予定が決まっていなかったので

「明日の午後はなにをしようかな」

という議題で考え事をすることにしました。

そしてその時に

「こう考えられるのはとても幸せなことなんじゃないか」

と気がつきました。

なんというか、「余白の時間がある状態」と言いますか……。

ちょっと考えてみます。

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自分の人生を選択できる喜び

子供のころは、

「明日なにをしようかな」

とよく考えていました。

休日の前の日だからというわけではなく、平日でもそう考えていました。

「学校が終わったらなにをしよう」

とよく考えていました。

つまり、一日の時間に余白がありました。

しかし大人になってから一日の中に余白があることは稀になりました。

10分とか30分とか、細切れの余白はあります。

しかしそれくらいの時間では、どこかに出かけたり、なにかまとまったことをするには短すぎます。

余白の時間とは、「一日なにをしても良い」とか「午後は何をしてもいい」とか「学校が終わって16時以降はなにをしてもいい」みたいなまとまった時間です。

なにかしようと思ったら大抵のことはできる時間とも言えるかもしれません。

そういった余白の時間があることが事前にわかっていて「明日なにをしようかな」と考えられるということは人生を選択できるということです。

休日であれば余白の時間を得られるでしょう。

しかし平日に余白の時間を作ることはとても難しい。

でも、フリーランスになって、自分でなにをするのか選択できるようになって、余白の時間を作り出すこともできるようになりました。

余白の時間があることでワクワクする

私には、「時間があればやってみたいこと」がたくさんあります。

例えば

・プログラミングを勉強する

・絵を描いてみる

・ただひたすらなにも考えずに書きたいことだけをブログに書く

とかです。他にもいっぱいあります。

余白の時間があると、これらの中からどれをやるかを考える喜びがあります。

自分が明日、余白の時間になにをしてもいいんだと考えるとワクワクします。

例えば、来週の水曜日一日はなにをしても良い日に突然なったら

「え、なにをしようかな!?」

ってめちゃくちゃワクワクしませんか?

そういう風に、人生の中に余白の時間があって、なんでもできる状態というのが今考える一番の幸せです。

いつもは「やらなければいけないこと」に追われていて、なかなか余白の時間を感じることができません。

最近では休日でも「やらなければいけないこと」がたくさんあって、ワクワクすることが少なくなってしまっていました。

それが今日はたまたま仕事の都合で余白の時間ができました。

一日に二時間程度で良いので余白の時間を作るように意識していきたいと思っています。

まとめ

なんか「余白の時間」についてうまく説明できなかった気がする!

つまり

「はぁ〜ちょっと休憩〜」

っていう時間ではなくて

「やろうと思えばなんでもできるまとまった時間」

と言いますか。

そういう時間が人生の中でたくさんあると、きっとワクワクするよね!

ってそういうことが言いたいブログでした。

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