良い創作に必要なのは、良い作品に触れること

どうも、会社やめたろー(@kaishayametarou)です。

すいません、また小説の話します!

昨日、あれやってましたね。「シン・ゴジラ」!

昨年大ヒットした映画ですが、私も大好きな映画でして、新婚旅行で乗った飛行機の中でも観てました。

テレビで観るのと映画館で観るのとでは迫力での違いはあれど、やはり面白かったです。

さて、こうした良い映画、面白い映画を観るとやはり「良い作品を書きたい! それで読者に喜んでもらいたい!」と刺激を受けます。

ライターさんとかもそういう方は多いのではないでしょうか。

良い取材記事なんかを見かけると、「こういう記事書きたい! 役に立つ記事書きたい!」と思う、みたいな。

小説の話に戻りますが、人間が「創作したい!」と思うのは、たぶんなにかの作品でその人が「すごい!」って感動したからだと思うんですよね。

だから、自分もそういうものを作りたいと考える。そういうもんなんじゃないかなーと思っています。

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「シン・ゴジラ」から感じる「熱中」の圧力

「シン・ゴジラ」にはたくさん良いポイントがあると思いますが、個人的にやはり一番すごいと感じるのは作品の圧倒的な作り込みです。

きっと撮影までに細かい部分まで調査したんだろうなーとか、これ撮るの大変だっただろうなーとか。

そういう、妥協しない作品への圧を感じるのです。

おそらく、監督自身が作品に熱中している。

そういうのを作品を通して見せられると、自分もなにかを創作している身としては背筋が伸びます。

私が好んで書いている、ショートショートというジャンルの小説は、短い小説です。

ともすれば、「書き散らす」こともできます。

ワンアイデアで3,000文字くらい突っ走って書く。

そういうことが可能なジャンルで、作品の量産も可能です。

しかし何本か小説を書いていて思うのは、そういう、作者が書き散らし、書き飛ばした作品はあまり読者に刺さりません。

やはり、何度もなんども推敲して、構成から見直して、みたいな、作品に注ぎ込む熱みたいなものがないと、「なんでもない作品」になってしまいます。

多くの人から支持され、ヒットするものというのは、そういう「熱」が抜きん出ていると思っています。

妥協は無し

先日、こんな記事をアップしました。

ここで言っているのは、「妥協して作品を出してしまうことがある」ということです。

でも、「シン・ゴジラ」をご覧になった方はお分かりになるかもしれませんが、あの作品、一切妥協していませんよね。

「やれることは全部やっている感」が半端じゃないんですよ。

持てる情熱、資源、時間。そういうものを全て投入しているからこそ、あのような傑作が生まれたのだと思います。

今、週に一本小説を書いてアップしています。

仕事やブログ運営の合間を縫って書いているのですが、少し続けてみて思うのは、これはやはりトレーニングの一環だなということです。

例えば、コンテストで一位を獲りたい! と思ったら、こういう方法ではなくて、めちゃくちゃ練りこんだ作品を作る方が良いと思います。

しかしそういう練りこんだ作品ばかり書いていても上達はしない。

だから、週に一本あげることにして、トレーニングを続ける。

そして並行して熱量を投入する作品を書き進める。

そんな感じがいいんじゃないかなと、「シン・ゴジラ」を観て思いました。

まとめ

めちゃくちゃ小説の話するやん……。

思えば、このブログもそうですね。

毎日更新はあくまでトレーニング。それと並行して、アクセスアップや収益化につながる記事を書かなくてはいけません。

それに関しては正直後手に回っている!

ずっと言っているもんなー。強制的にブログ運営の時間、取らないとなぁ。

やめたろーでした。

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