どうも、会社やめたろー(@kaishayametarou)です。
先日、「灯台もと暮らし」の運営会社、株式会社Wasei代表の鳥井弘文さんがこんなツイートをされていました。
自分の才能を判断する方法のひとつに、まわりの人がスローに見えるっていうのがあると思います。一流のプロ野球選手が「打つ瞬間にボールが止まって見えた」ってよく言うけれど、きっとあれに近い感覚。仕事でも学びでも、他者がなぜかスローに感じる時は、大抵の場合、自分にその才能があるってこと。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年2月11日
これはとても良い言葉ですよね。
自分が普通にやっているだけなのに、他人の動きがスローに見える瞬間というものがあると思います。
「本が読める」という才能
思えば、私が一番はじめに自分の才能を理解したのは、「本が読める」という才能だと思います。
幼い頃から父親の本棚にある本を勝手に引っ張り出して読み漁っていました。
あんまり意味が分からないものも多かったですが、なにか手持ち無沙汰になると、本ばかり読んでいました。
そして、小学校に入る頃には普通に図書館にある本を読むようになっていましたが、周りには「本なんか絶対に読まない。嫌い」という人がたくさんいました。
この時に、はっきりと「本が読める」という自分の才能について理解したことを覚えています。
読書感想文を書くのが早い
あとは、夏休みの宿題の一つである「読書感想文」を書くのが早かったことです。
周りの友達には「読書感想文が一番嫌だ」と言っている子もいましたが、私は読書感想文が一番好きでした。
たぶん、一番最初に仕上げていた宿題だと思います。
本を読んで、その感想を書くだけでいい。こんなに簡単な宿題はありませんでした。
同じく「作文」もそうです。
国語で作文の時間になると、とにかく書くのが一番早かったです。そして、書く量も多い。
今思えばどうしようもない文章をダラダラと引き伸ばしていたにすぎませんが、それでもやっぱり書くことは昔からの才能だったのだと思います。
他人がスローに見える瞬間はいつなのだろうか?
そうやって考えると、他人がスローに見える瞬間というのは他にもあると思います。
例えば、「人前で話すこと」とか。比較的おしゃべりな方なので、人前で話すことは、他の人が言うほどには苦手ではありません。
そうやって、他人がスローに見える瞬間をリストアップしていくと、これから自分ができることというのが再発見できるかもしれませんね。
「他人より秀でていること」だと伝わらないニュアンスが「他人がスローに見えること」という言葉にはあると思います。
まとめ
「他人がスローに見える」という言葉は、とても良いと思います。
「なんでこんなことができないんだろう」
「なんでこんなことで褒められるんだろう」
「なんでみんなはこんなに遅いんだろう」
と思うことがあったら、それはその人の才能なのだと思います。
それを仕事に活かすかどうかは置いておいても、自分の才能に気が付いておくのは重要なことだと思います。
今回、良い言葉に出会ったのでブログを書いてみました。
やめたろーでした。
コメント