どうも、会社辞め太郎(@kaishayametarou)です。
私にはある能力があります。
それは「まぁなんとかなるだろ」と感じる能力です。
結構いろんな場面で「まぁなんとかなるだろ」と考えます。楽観主義者のような感じです。
そしてこの「まぁなんとかなるだろ」感を持つ事は結構いろいろなメリットがあります。
ここでは、その「なんとかなるだろ感」の効能と育み方について見ていこうと思います。
「なんとかなるだろ感」の効能
ではまず、「なんとかなるだろ感」の効能について見ていきます。「なんとかなるだろ感」を持っているとこんな良いことがあります。
1、挑戦できる
まず、「なんとかなるだろ感」を持っていると挑戦へのハードルが下がります。
例えば私のように会社を辞めて急にフリーランスになるというまぁまぁ重大な決定でも「なんとかなるだろ感」を持っていると
「まぁなんとかなる気がするからやってみよう」
と考えることができます。多分これが最大の効能です。
なにか、レベルがちょっと高そうな仕事が舞い降りてきた際にも
「まぁなんとかなるだろうからやってみよう」
と挑戦することができます。
2、ストレスが溜まりにくい
「なんとかなるだろ感」を持っているとストレスが溜まりにくくなります。
なにをするにしても「なんとかなるのかなぁ? ダメだったらどうしよう」と心配しすぎると、ストレスが溜まってしまいます。
その点、何についても「まぁなんとかなるだろ」と考えることができると、ストレスは溜まりにくくなるのです。
「なんとかなるだろ感」の育み方
では次に「なんとかなるだろ感」の育み方についてお話ししようと思います。
「なんとかなるだろ感」はこんなところから作られている気がします。
1、日本という社会
まず、日本という社会に生まれた時点で割となんとかなるような気がしています。
どうにもならなくなった時には生活保護的なセーフティネットもある程度揃っているし、再就職を支援する制度や機関も十分ではないものの揃っている。
だから、日本は割と挑戦してもなんとかなる確率が比較的高い国だと思います。
もちろん、ギャンブルに手を出したり消費者金融で借金をいっぱい作ってしまったりと割とやばい状況になる可能性も捨て切れませんが。
2、親の教育的なもの
私の親は基本的に褒めて伸ばすタイプだったようです。今思うと、ですが。
「やめたろーは器用だなぁ」
とか
「やめたろーはなんでも大体こなすな」
みたいな事を結構言われた気がする。
だから暗示がかかって「あー俺は器用なのかな」「大体なんでもできそう」という無駄な自信がついたのかもしれない。
これはまぁまぁ良い教育方針だったと思うので、もし自分に子供ができたら同じようにしてあげたいと思っています。
3、パートナーの存在
これも大きいと思うのですが、私の妻が「なんとかなるだろ感」の持ち主です。しかも私よりレベルが高い気がする。
私がなにかを決めあぐねて逡巡している時でも
「まぁ、なんとかなるやろ」
となぜか関西弁で言ってくる。
私が会社を辞めるか迷っている時も、海外旅行で明らかに現金が足りない時も、そんな事を言っていた。
日常的に近くにいる人がそんなことをよく言っていると「あ、じゃあなんとかなるんだ」とある種の勘違いをするようです。
4、ゲームとか漫画とか
私が好んでゲームをしたり、好んで漫画とか小説とかを読みます。
中には「ほんとどうしようもない!」という内容のものもあるにはありますが、大体のゲームや漫画や小説なんかって、最終的にはなんとかなりますよね。
ゲームではいくら死んでもコンテニューして最終的にはクリアできますし、漫画や小説でも「ぜんっぜんどうにもなりませんでしたぁ!」という超バッドエンドはなかなかない気がする。最終的にはなんとかなっている。
ですから、こういう最終的にはなんとかなるゲームをすることや漫画や小説を読む事は教育上ばかにできないのかもしれないですね。
ジブリのDVDとかよさそう。「けっこうやばくね?」という場面からなんとかなること多いし。
まとめ
私は「なんとかなるだろ感」を持って生きています。
これは、結構便利です。なにかの決断をする時大きな力になってくれます。
もちろん、ただの楽観主義者では困ってしまう場面もあるかもしれませんが、ある程度のことには「まぁなんとかなるだろ」と考えると生きやすいようです。
そんな感じでした!
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