“無言フォロー失礼します”ってなぜ? 変なローカルルールへの違和感

その場のテンション

どうも、会社やめたろー(@kaishayametarou)です。

 

たまにTwitterのプロフィール欄に

 

「無言フォロー失礼します」

 

とか書いてあるときありますよね。

 

 

あれなんでなんですか?

 

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そもそも「無言フォロー」ってなにさ

まず「無言フォロー」がわからなかったので調べてしました。

 

すると、無言フォローとは

 

「フォローしたときに挨拶をしないこと」

 

だそうです。

 

 

 

 

 

 

フォローしたときって挨拶すんの!?

 

 

一度もしたことがないです。

 

無言フォローが仮にいけないことなのだとしたら、私は自分がフォローしている方全員に謝らなければなりません。

 

っていうか

 

「フォローしました!」

 

みたいな連絡をもらったとて、フォローしてもらった方はどう反応したらいいのか?

 

 

「うむ。くるしゅうない」

 

 

みたいな感じだろうか。

 

そもそも

 

「フォローしました!」

 

とかいちいち連絡もらったことって2回くらいしかない。

 

本当に「無言フォロー失礼します」なんて思っている人はいるのか。

 

「無言フォロー失礼します」への違和感はあれに似ている

「無言フォロー失礼します」って、結局公式のルールではなく誰かが言い出したローカルルールです。

 

このローカルルールである「無言フォロー失礼します」への違和感、なにかに似ているなと思っていました。

 

 

それは、会社の同調圧力や無駄な慣習への違和感です。

 

 

・どう考えても無駄な会議

・生産的じゃない朝礼

・○○さんに仕事をお願いするときはメールじゃなく口頭で言った方がいいよ、みたいなやつ

 

そういった、時間の無駄とも言える時間を過ごさなければいけない状況への違和感。

 

結局、その会社内部で決めたローカルルールであり、本来守らなくていいものなのに、なぜかみんな守っている。

 

だから自分も合わせざるを得ない状況になる。

 

そのときに感じる違和感とかやるせなさに、「無言フォロー失礼します」という慣習は似ているような気がします。

 

まとめ

無言フォローは何一つ失礼じゃないというのが私の持論です。

 

っていうか大半の人はそうだと思う。

 

いちいち

 

「フォローしました! 今後ともよろしくお願いいたします!」

 

とかやりとりするのは、逆に不自然というか、他人行儀になっちゃうようなそんな寂しさを感じます。

 

今日は「無言フォロー失礼します」という謎の文化について考えてみました。

 

終わります。

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